備えるということ。

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季節は大雪、第62候、熊蟄穴(くまあなにこもる)。
あっという間に年の瀬ですね。

この1年は、僕にとって、とても印象深い時間の連続でした。

身体に鞭打つような日々。
けれど、特大の幸せを感じながらの日々。
自分が病気だということを、心の底から悔やんだ日々でもあります。

この10年は、健康とさよならし、痛みが広がることに驚き、おののき、闘おうと挑み、そして挫折。
そこから這い上がろうともがき、新しい生活の中で、ひとつひとつの物事を紐解きながら、病気や自分自身を見つめ、いつか自分がまた闘える日が来たときに備えてきました。

そして、そのすべての時間が、結集して応えてくれた。
今年の時間すべて、それはこの10年の結晶です。

痛みに負けてばかりの自分。
歪み続けて、ひねくれた心を持ちながら、その歪みの素直さにどこかホッとしたりもします。
ふがいない、弱い、もろい。

それは今も変わりませんが、そんな僕を必要としてくれる人が今は隣にいます。
人生は数奇なもの、そう思ってきたけれど、人間万事塞翁が馬なんだと思い改めました。
きっとこの10年がなければ出逢うことのなかった人。

今思えば、いいさかいの活動が転機になりました。
自分のエネルギーを振り絞るという感覚、それが実る感覚、そこで感じた友達の大きさ。
そして、そこで出逢った人との時間。

いつ死んでもいいように、自分の中をすっからかんにしました。
そして、目の前にある出来事に、純粋に向き合っていくようにしました。
自分にとって何が大切で、何を残したいか。
そぎ落とすことに無心になれました。

陰極まれば陽と成る。
まさにそんな感じだと思います。

小学校の頃からの大切な友達。
彼女が結婚すること、そしてお祝いすること。
それが僕の人生の変わり目になりました。

同じテーブルに座った彼女とのかけがえのない出逢いがここにありました。
ときめいたわけでもなく、意識したわけでもなく、自然と導かれていき、惹かれていきました。

2015年、この1年はまさにアメイジング。
命を傾けた激動の日々。
ときめき、煌き、沢山笑顔でいられました。

光が強かった分、影も濃かったけど、それを支えてくれたのが、10年の中で積み重ねてきたひとつひとつの準備でした。よくぞ持ち堪えてくれた。

とまっていた人生の時計から、歯車が動く音がする。
まだ1秒1秒が正確ではないけれど、たしかに動いてる。
時を刻み始めた感覚が、今まですごしてきた時間を照らして救ってる。

どこまでこの身体が持つかは分からないけど、
その間にも備えることを大切にしたいと思う。

簡単な道のりではないけれど、まっすぐに心に従いたい。
大切な人を大切に出来るようになりたい。

今、夜中にやっているドラマ 「ティファニーで朝食を」。
ありふれた日常のなかにある、小さな悩みや心の動きの刹那を描いたものなんだけど、
食事をすることが、なんでかホッとしたり、記憶に残ったり、心の起点になることをそっと静かに表現していて、とても好きなドラマになりました。

毎日ちゃんとした食事なんて、それは難しいけれど、
たまには心をこめて料理をしたり、これなんの味だろう?ってじっくり食べてみたり、
好きな人とケラケラ笑いながら一緒に食卓を囲んだり、食材の旬を味わいながら、心に元気を燈すような時間をすごしていたい。

痛みがあると笑うのは難しい。
けれど、笑っていられることに感謝を。
そして、隣にいたいと思ってくれるあなたに感謝と愛を。
支え、励ましてくれているすべての人に感謝を。

生きていてよかった。
最高の2015年でした。ありがとう!

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