John John Festival★

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バスにゆられて久しぶりの仙川&成城。

暮らしていた家は外装の色が変わっていて、
ご近所の様子もすこし変わっていたけど、それでも十二分に心が躍る空間でした。

ブールマンのチーズケーキはご主人の代でやめてしまったようで残念だったけど、
あぁーここの席で本読んでたなぁ~って思える空間が残っているのは嬉しいことです。

歩く街のすみずみに思い出に繋がる何かがある。
そういう場所があることはしあわせだ。

 

6月で音楽活動を休止するJohn John Festival。
学生のころに通っていた祖師ヶ谷大蔵のムリウイというカフェでライブをやるというので、思い切って出向いてきました。

心地よいアイリッシュのリズム。
音楽を奏でることを楽しんでいる空間。
雨もりにもめげずに大雨のなかで響いた音楽は、その雨の持つ雰囲気のおかげで、どこか現実から離れてここに在る、そんな感じがしました。

 

最近よく考えているのが、これから何を頑張ればいいのか。
沢山の人にあったかい想いをもらっているのに、その想いを受けとめようとしていない自分に腹が立って苛立つことこの上ない日々ですが、
どう頭をひねっても、考え方をリセットしても、その想いのひとつひとつと交わるエネルギーが今の自分には見当たらない。

自分が奮い立つきっかけを探すこと、
叶わなくてもいいから、今の自分に出来る夢を思い描くこと、
今まで続けてきた地道な努力をこれからも続けること、
近くで支えてくれる人を精一杯大事にすること、

これが今の自分のすべて。

街の空気も寝静まった夜中の道を目をつむって歩く。
目をつぶって何かをするという繰り返しの作業。

今ある感覚も、眠っている感覚も、ひっぱりだしていくリハビリのようなことを
線維筋痛症だと分かって、この病気は脳の異常から起きているんだと知った時から続けてきました。
すべては、感覚がすべてである、鍼灸師として在るために習慣にしてこれたこと。

今年に入って、チャレンジした出来事を通して、今の自分には鍼灸師は無理だということを感じました。
頭だけじゃなくて感覚的に出た答え。

希望は残っているにせよ、人生を生き抜くには、その時々にする選択や決断はとても重要だと思う。
習慣になったことは、きっとこれからも、鍼灸への思いと共に引きずるように続けてしまう気がしているけれど、
その未練がいつかの希望に繋がるかもしれない、とも思う。

神様がもう元気になっていいよって思ってくれて、
いつか感覚が納得のいくまで回復できた日が来たとすれば、そのときにまた同じように人生を鑑みればいい。
これだけ好きになったことなら、何歳になったって向き合えるし、なんにでも成せる。
そう思える職業に出逢えたこと、ほぼなにも出来ずでしたが、日々病気や周囲から学び取りながらすごした10年は宝物です。

これから選択していくこと。
諦めたようで、うしろむきなようで、周囲が応援してくれることはもうないかもしれませんが、
自分なりに誠意をこめて向き合ってみたいと思います。

頑張れ。
お前なら大丈夫。もったいないよ。

そういう言葉のひとつひとつにぴんとこない。
何を頑張ればいいのか分からないし、勝手なこと言ってくれるなよって思うから、
みんなのエールは正直ほとんど届いてない。

でもそんなことよりも見過ごせないのは、みんなからの気持ちをうけとめられない自分がいること。
そんな恥ずかしいことはない。
30を手前にしたオジサンですが、またいちから自分探しをしてみようと思っています。
あったかい想いをうけとめるために、抱きしめられるような生き方を追い求めてみよう。

空っぽな自分を励ましてくれるひとがいる、
そんな自分でも褒めてくれるひとがいる、

そのあったかくて尊い想いを大事に出来る人になろう。
ならなくちゃいけないんだ。
ありがとうでその人を包めるように。そうなりたい。

痛みに負けても、自分には負けちゃいけない。
志のある心を育てるんだ。

 

蚤の市で出逢った思い出の曲と、一番好きな曲を、大好きな多摩川で弾いている様子です。
” sally gally & JJF ” / John John Festival

 

 

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